コラム156 AIS<船舶自動識別装置>のこと

コラム156 AIS<船舶自動識別装置>のこと

 株式会社東洋信号通信社( 小島 悦子社長、横浜市鶴見区)は昭和7年の設立でインターネット
・Fax・データ送信などによる船舶動静の提供サービスを行っており、同社の船舶動静検索サービ
スでは船舶のリアルタイム動静情報が港別・船舶別に検索・閲覧でき、代理店別・国籍別・バース別
・コールサイン・船名と多方向からの検索も可能であって、入港中の在港船一覧などもリアルタイ
ムで見ることができる。   
 このうち、 船舶動静データ送信サービスは、同社の船舶動静データベースによって、希望する
情報を任意の時刻に、ユーザーが希望するファイル形式でデータを提供する。
 また、船舶動静通知サービスはリアルタイムな船舶の動静情報を電話・メール等で24時間36
5日いつにても送信できるというものである。
 このため同社では、本年7月現在、全国25拠点にAIS受信局を設置し、ネットワーク化を果
たしてユザーの要望に即応できる体制を構築しており、今後も逐次受信局を拡大するという。
 
 AISは<Automatic Identification System>の略で「船舶自動識別装置」と訳されている航
行援助装置の一種である。
 従来の遭難・安全通信のためのシステムに加えて衝突防止と海上交通管制に活用する電波航法装
置の導入が必要であるとの要望が多かった。
 これに応えるためにIMO(国際海事機関)において、SOLAS条約(海上における人命の安
全のための国際条約)第X章の改正が審議、採択され、2007年7月からAISを一定の船舶に
段階的に義務付けることとなった。
 ここにいう一定の船舶とは、わが国ではSOLAS条約の批准に伴い改正された船舶設備規程(
施行日は平成14年7月1日)が準拠の法令で、その第146条の29に「総トン数300トン未
満の旅客船及び総トン数300トン以上の船舶であって  国際航海に従事するもの並びに総トン数50
0トン以上の船舶であって国際航海に従事しないものは機能等について告示で定める要件に適合す
る船舶自動識別装置を備えなければならない。
 ただし、 管海官庁が当該船舶の航海の態様等 を考慮して差し支えないと認める場合には、この
限りでない。」と定められている。
 国際航海船の全てについては既に搭載済みであり、現存内航500総トン数以上の船舶について
は平成20年(2008年)7月1日までにAISを搭載しなければならないことになっている。
 
 AISの使用情報としては、機器取付時にのみ設定する靜的情報と、自動的に入力される動的、
及び航海開始前にその都度入力しなければならない航海情報とがある。
 静的情報は、機器取り付け時に一度入力しておけばよく、その内容は、MMSI(その船舶固有
の番号)・呼出符号・船名・IMO番号・船の長さ・幅・船舶の種類・アンテナ位置である。
 航海情報は使用者が航海毎に入力するデータで喫水、積載危険物の種類、目的地、目的地到着日
時がそれである。
 動的情報と呼ばれるものは自動的に入力され、緯度・経度、位置精度、時刻、進路(AISアン
テナの地面に対する運動方向)、対地速力、船首方位、回頭角速度、航海ステータスである。
 後は、VHF(156MHz〜174MHz)の電波を使用して船舶相互および船舶・陸上局間で自動
的に通信を行い情報交換を行うことになる。
 その情報によって、レーダでは島影等で見えない船舶や遠距離に存在する船舶でもAIS画面に
表示できるようになり、また相手船の最接近距離,最接近時間、船首方向(針路)、対地運動方
向(進路)、対地速力、目的地も表示されるから、AIS搭載船舶相互間での衝突回避に役立つ。
 田名後祥子さんは(株)東洋信号通信社でAISを担当されている東京商船大学出身の海技者であ
る。
 田名後さんは、先日東京で開催された私達「日本海事補佐人会(会長 弁護士田川俊一氏)」の
年次総会における研究会で「AIS情報の視覚化」と題して講演された。
 図4、5はそのときのもので、関門海峡早鞆瀬戸での同航船同士の衝突状況を同社のデーターベ
ースから動画で示し説明を行ってくれた。

 従来、海難が発生したとき両船の運航模様などの事実認定において、航跡などの客観的なデータ
がないことをいいことに、当事者の記憶だけを頼りに弱者救済的な事実認定をしたり、事故後の海
上保安官による客観的な証拠ともいえる実況見分の内容を排斥して、角度すら定量的に述べること
ができない一人の在橋者の主張を鵜呑みにして事実を認定するようなこと、また予断と偏見を持っ
て被害者(人の死傷など損害が多大であった側の意)に有利な事実認定をしたり、あるいは、偽証
教唆がまかり通った事例があったことは否定できない事実である。 
 しかし、今後はAISやVDRのデータ解析が可能な事案にあっては、運航模様が客観的に証明
可能であるから、海難関係者は認定された事実をすんなり納得するだろう。後は、過失論で争うだ
けだ。
 AIS搭載船相互間の事故が発生したなら、私は同社に依頼して有償でAISの生データを入手
して疑う余地のない航跡や、針路(進路)、速力などをグラフィックで示し明らかにしてやろうと
思っている。
 衝突した一方が500総トン数未満であっても、片方が500トンを越えていれば、少なくとも
一方の運航模様は確かである。古い頭の持主のなかには、自船側の動きを相手側に知られると不利
になるなどと戯言<たわごと>をいう者がいるが、真実より悪くならないことこそ重要なのであり、
船社は発想の転換をすべきだ。

 私は、ヨット春一番U世号に古野電気(株)製のAIS(受信専用機)を搭載しているが、停泊
中でも安芸灘、釣島水道、伊予灘、広島湾を航行している船をAISで追跡している。
図7がそれだ。 これを使用した経験からすると、次のような様々な問題点があるように思える。
 その第一は、AISの目玉であるといわれる「衝突防止に対する寄与」が果たしそうかというこ
とを痛感する。
 海難審判庁の裁決から、500総トン以上の船舶に衝突した相手船の総トン数を検索してみると
、衝突事件裁決3050件のうち、
 総トン数20トン未満 799隻(26.2%)
     20トン以上100トン未満 292隻(9.6%)
 100トン以上200トン未満 456隻(15.0%)
 200トン以上500トン未満 748隻(24.5%)
 500トン以上 755隻(24.8%) である。
 そうすると、500総トン数以上の船舶に衝突した相手船の75.2%はAIS搭載義務のない
500総トン数未満であるからAIS情報に頼れば衝突を未然に防止できるなどというのは妄言
<ぼうげん>の域を出ないといえるだろう。
 
 AISを搭載した大型船に乗船して航海した経験からすると、航海士や船長はAIS情報に無関
心なようである。
 海図台に設置しているから、画面を操作する際船尾方向を見るから見張りが疎かになりはしない
かと気にかかる。
 見もしないのに「じゃまくさい。」ということでAISの電源を切っている船もあるようだ。
 AIS画面を見ていると、伊予灘で針路と進路が90度近く異なっていたり、目的地が水島と
なっているのに船は西航していたり、殆ど風がないのに8ノットで帆走中であるなど、いい加減な
情報を表示している船がままある。
 レーダーとAIS、GPSをジョイントした総合的な表示装置が望ましいが、費用の面から船社
はこのようなシステム装備に乗り気ではないようだ。
 500総トン以上の日本船は約1600隻(50トン以上の船舶総数の約16%)、50トン以
上500総トン数未満が約8500隻、JCI検査対象の20総トン数未満が約56万隻であるこ
とからすれば、AIS情報で衝突が防止できるなどと思わない方がいい。
 瀬戸内海でAISやGPSばかり見ていて、ふと眼を挙げると前路にAIS画面には表示されて
いない複数の500トン未満の小型鋼船、旅客船、カーフェリーや漁船が密集していることがしば
しばだ。
また、マーチスからAISを介して送られる情報は英語であり、AISを有効に利用したいなら内
航船員はもっと英語を勉強しなければなるまい。VHF電話で外国船と簡単な操船情報を交換でき
る程度の英会話能力が欲しいが現状では期待薄である。

 AIS結構、GPSも利用価値が高い、勿論レーダーの有用性は言うまでもないことである。
 しかし、間断ない肉眼見張りこそ衝突や乗揚げ防止の要諦であることを忘れてもらっては困る。
  古人曰く「船舶運用の妙<Good seamanship>は当直者の一心に存す。」

(注)株式会社東洋信号通信社 〒230−0054
  横浜市鶴見区大黒ふとう22番 横浜港流通センター1812号
  電話 045-510−2349(代) フアックス045−5102055


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